秘書に提出させた報告書を読み終え、サルアは深々と嘆息した。 結局、知りたいことは何も書かれていなかった。 というよりも、秘書よりも自分の方が数倍詳しく事の成り行きを把握している。 言うまでもなく、自分の方が魔王と接触する機会が多いのだし、当日の二人の再会――というべきだろうか――もサルアはすぐそばで見ていた。 しかもサルアは魔王らと同じホテルで(隣の部屋ではなくなったが)寝泊まりしている。 いやでも直接情報が入ってくるのだ。 それでもあえて秘書に報告書を提出するよう命じたのは、サルアが自分の見ている事実を他人に否定してもらいたかったからだった。 結果は、秘書に無駄な時間を使わせてしまっただけだったのだが。 「おっと、いけね」 時計を見やって、サルアはうめいた。 これから当の魔王との会議が始まる。 よくあることなのだが、時間に遅れでもしたら魔王にねちねちと皮肉を言われるだろう。 サルアは報告書を細かく破り捨ててから、足早に会議室へ向かった。 この会議はごく一部の人間にしか伝えられないもので、部屋に入るにも合言葉が必要となる。 サルアが警備員にぼそりと伝えると、彼は困ったように笑った。 「すみません。そのー合言葉が変わっちゃいまして」 「はあ!?聞いてないぞ、そんなこと!?」 まったくもって知らされていないことに憤慨し、サルアがつい大声を出す。 すると警備員は困った笑顔のまま、同情するように告げてきた。 「あ、でも今回は変更が急で、サルアさんは通していいと伺っておりますので。どうぞ」 「まあ、それなら――」 釈然としないまま、相手がいなくなることで通行が可能になった道のドアノブに手をかける。 「あ、新しい合言葉は――」 追いかけるように小声で言ってきたが、聞きなれない言葉なので正確には記憶できそうになかった。 由来でも聞けば、次は覚えるかもしれない。 そんなことを考えながら、サルアは会議室のドアを開けた。 「………………」 目に入った光景に、早速やる気が失せる。 召集の時間から察するに、お決まりのメンバーで今回会議に出席するのはサルアと魔王だけのようだった。 それだけなら問題はないのだが――なぜか魔王の隣に報告書にも出てきたCがいる。 C、つまり金髪の小娘は、魔王の横にちょこんと座り、何やらきゃっきゃと二人で楽しそうにしていた。 「おい――」 「あ、サルア」 声をかけると、気軽にこちらの名前を呼んできたのは金髪の小娘である。 頬をひくつかせると、彼女はさも不思議そうに首をかしげた。 「来たな。じゃあ始めるか」 「始めるかって、お前さん本気か!?」 「なにがだ?」 「なにがって……」 本気で分かっていない様子の魔王に、サルアは絶句した。 怒りで顔を真っ赤にしながら、金髪小娘をびしりと指す。 「部外者がいるじゃねーか、明らかに!」 「……え?わたしオーフェンに来てもいいよって言われたから来たんだけど……」 金髪の小娘は、少しだけ不満そうな表情で返答を求めるように魔王を見上げる。 魔王はそれに情けないくらいに顔を歪めて、きっぱりとうなずいた。 「べつに完全に部外者ってわけでもないだろ。だから俺が許可した。こいつにはこれから俺のサポートをしてもらう」 「……じゃあ言い方を変えてやる。まるっきり私情じゃねーか!女連れで仕事するのか、お前!?」 「お前だって夫婦でここに来るだろ」 「あいつはメンバーだろ!」 思いっきり机を叩くが、魔王は平然とこちらを見ていた。 彼の隣にいる小娘だけが、困惑したように二人の顔を見比べている。 が、出ていくつもりはなさそうだった。 「……ちっ」 サルアは早々に見切りをつけることにして、パイプのいすを引いた。 たぶん魔王はこちらの意見をどうやっても聞き入れないつもりだろう。 時間がないので、つまらないことで言い争うのも意味がない。 彼女が同席することでこちらが不利益になるとも思えなかったので、声にはしなかったが譲歩したのである。 いすに腰かけ、深々と嘆息してからサルアは別のことを追求した。 「まあいい。ところで、どうして急に合言葉を変えた?えーと、ブルーなんだったか」 「ブルプルワーズね」 嬉しそうに答えたのは、金髪の小娘だった。 短い間しか話す機会はなかったのだが、彼女はこのような秘密めいたことが好きらしい。 特には気にせず、サルアは続けた。 「そう、それだ。どうして急にそんなのに変えたんだ?」 「アーバンラマだし」 「?意味が分からん。どっかの資産家の名前か?」 どういうわけか、くすっと金髪の小娘が笑った。 魔王もくつくつとのどを鳴らす。 「こいつと初めて会った時に、ブルプルワーズって偽名を使ったんだよ。アーバンラマの実業家ってことで」 「………………」 つまりは完全に魔王の趣味ということになる。 合言葉を変える権限を持つのは、唯一魔王だけなのだから。 自分を含む他のメンバーは、まったくのとばっちりだった。 「けどいつまでも同じのじゃ、外部にもれる危険性があるだろ。けっこういいタイミングだったと思うけどな、俺は」 いかにもそれらしいことを魔王は口にするが、絶対に後付けであるとサルアは直感した。 きっと魔王と金髪小娘のくだらない会話の中に合言葉がのぼり、魔王がおもしろがって実行したのだろう。 過剰なほどの魔王の小娘への待遇に、サルアはいらいらしていた。 しかしいちいち指摘するのもめんどくさい。 どうせこの二人――特に魔王――は、こちらの助言をうっとうしいとしか思わないだろう。 サルアが舌打ちしていると、魔王はさっと資料とノートを広げて言った。 「もういいか?じゃあ仕事するぞ」 「いっつも思うんだけど、オーフェンが『仕事』ってすごく変な感じ♥」 「はあ!?」 自分にとってはごく普通のことだったが、それさえも小娘が楽しそうに魔王にちょっかいをかける。 サルアは声を出して彼女を責めたつもりだったが、二人は彼を無視してさらにじゃれ合った。 「んなこと言ったってお前、他にどう言えってんだ?」 「そうなんだけど。でも変なのよ」 「じゃあただ始めますとかなら納得するか?」 「それ以前にオーフェンが筆記用具持ってるのが根本的に間違ってるわよね」 「間違ってるって……」 魔王がうめくが、あくまで楽しんでいる。 このままでは『プラン』が破綻する。 冗談抜きで危機を感じたが、サルアにはどうすることもできなかった。 (2008.11.26) 某掲示板でこのままクリーオウが合流するかもねってあって。 嫌だ!とか思いつつも妄想は先行。 報告書だけ考えてたら、芋づる式にこんな話とあいなりました。 ひでぇとか言いつつ笑いながら書いてました。遊びの一作。 |
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