□ 普通の基準 □


「オーフェン、にんじん取って」
命令されて、オーフェンは素直に野菜の入った麻の袋から、まだしも腐っていなさそうなにんじんを取り出した。
後姿を彼に向け、手だけを出してくる彼女のぽんと渡してやる。
「ほい」
「ありがと」
彼女――クリーオウははやりこちらを見ないまま、短く礼を言った。
受け取ったばかりのにんじんの皮を、早速熱心に剥きはじめる。
ここは荒野の真ん中に、簡単に作った彼らのための宿営所だった。
そしてその中の簡易かまどというか調理場というか、そんなところにオーフェンとクリーオウはいる。
本隊も近くにあるにはあったが、そこは民間人がほとんどを占めており、核となる自分を含めた十数人はこうしてわざわざ別の場所に基地を構えていた。
少人数が使うため、調理場といってもほとんど名ばかりではあったが。
「オーフェン、あと二本にんじん」
「はいはい」
応えて、再び無造作に同じ袋の中を漁る。
料理はもっぱらクリーオウが担当しており、オーフェンは彼女から火の係を命じられていた。
といっても火の加減などは魔術でどうにでもなるので、彼はほとんど座っているだけである。
時々このようにクリーオウの言われるまま手伝いをしていた。
と――
気配を感じ、オーフェンはほぼ真後ろを振り返った。
相手は歩き方で姿を見る前から分かっていたので、警戒はしない。
視線をやると、元死の教師が呆れた表情で歩いてきていた。
「オーフェン、お水」
反射的に感じた殺伐とした世界から引き戻すように、またクリーオウが声をかけてくる。
オーフェンは死の教師――サルアを気にしつつ、彼女に水のたっぷり入ったブリキのポットを手渡した。
「重いぞ。気をつけろよ」
「うん、大丈夫」
クリーオウがしっかりとポットを受け取ったことを確認し、彼がいくぶんか冷えた気分で立ち上がる。
数歩ほど歩いて、彼は複雑な表情をしているサルアを迎えた。
「なんだ?」
この男がわざわざオーフェンに会いに来る時は、たいてい何かしらの用事付きだった。
サルアが手に十枚ほどの髪を持っているので、今回もたぶんそのことだろう。
「お前さん、何やってるんだ?」
「?」
言っている意味がわからず、首をかしげる。
「今度はじゃがいもー」
「ちょっと待ってろー!」
呼ばれて、オーフェンはサルアとの会話を中断して、彼女に叫び返した。
クリーオウはあいかわらず料理に夢中で、こちらを見てはいなかったが。
「悪い。で、何だったっけか?」
「だから、何をしてるんだって」
「ああ。えーと。とりあえずは料理ってことになるのかな?」
「料理だあ?」
馬鹿にするように、サルアは聞いたままのことをそのまま返してきた。
「変か?クリーオウの話によると今夜はシチューらしい。美味くなるか不味くなるかは微妙なとこだが、今のところ――」
「ちょっとオーフェン!さぼって何してるの!?」
説明の途中、不機嫌そうな甲高い声が割り込んでくる。
ため息をついて声のした方を見ると、予想通りクリーオウが細い体をせいいっぱい怒らせて立っていた。
表情はこれ以上ないくらい分かりやすく怒りの色に染まっている。
「料理は時間との勝負なのよ!?それに火もそのままにして、危ないじゃない!」
細い指でびしりとこちらをさし、クリーオウが元気よくわめいた。
いつもならレキも同じようにポーズを取っているのだが、今は荷物の上で眠っているので、怒っているのは彼女ひとりである。
「あんなあ嬢ちゃん」
口を挟んできたのは、頬を引きつらせたサルアである。
彼はため息を吐くと、クリーオウの額を指で弾いた。
「何すんのよ!?」
「こいつがいなけりゃ何も始まらないってゆー仕事が山のようにあるのに、何勝手に独り占めしてんだ?しかも料理なんてさせやがって」
と、こちらを指す。
「いや、なんてゆーか」
いきなり自分のことで口論になりかけそうな空気を読み、気まずい思いでオーフェンがうめく。
どう返答しようと迷っていると、やはりというべきかクリーオウが先にきっぱりと言い返した。
「料理なんかって何よ!?それにオーフェンが勝手に調理場に来たんだから、どう使おうとわたしの自由でしょ!?」
「うーん、その言い方もちっとばかし」
話題にのぼりながらもその実取り残されたオーフェンが、ぼそりと呟く――誰も聞いてはいないようだが。
「あのな、こいつが来たからって下僕のような真似をさせるなよ。百歩譲って他のことなら俺も見ないふりをしててやろうって気にもなるが。料理はやめといてくれ」
「じゃああんたがオーフェンの代わりに手伝ってくれるってゆーの!?」
「いや、俺は料理とかが苦手で。ってかそんな暇があったら昼寝するさ」
「じゃあやっぱりオーフェン使うしかないじゃない」
「いや、だからな。それはぁ」
「どーなのよ!?」
「あの」
「どーなのよ言ってみなさいよはっきり!?」
「うう……」
口では勝てないと思ったのか、額に青筋を立て、サルアはこちらをにらんできた。
怒りの矛先が彼に向いたのを、一瞬で悟る。
オーフェンは引きつった笑顔を浮かべて、サルアに落ち着くよう合図を送った。
「とにかくこいつ借りるからな」
「どこ連れてくつもり!?」
すでにオーフェンの肩をつかみ、目的地に向いているサルアに、クリーオウが問いつめる。
しかし押されていたサルアは、優越感に浸ったようににやりとした。
「それは最重要事項だ。お前さんには教えられんね」
(そーゆーもんかね?)
オーフェンとしては彼女に知られる分にはかまわなかったのだが、他の人間からするとどうもそうはいかないらしい。
とはいえ実際は秘密を守るというより、単にサルアの仕返しなのだろうが。
「……いつ帰ってくるの?」
それなら引き下がるしかないと思ったのか、クリーオウはしぶしぶといった様子で質問を変えた。
時間についてはオーフェンも気になり、彼も彼女と同じことを視線で問いかける。
するとサルアは首を左右に振ってから、仕方がないというように大きく嘆息した。
「一時間後には返してやるよ。っとにしゃあねぇな」
「だとさ」
「じゃあその頃にはごはんできるように準備しておくから、遅れないでね」
「わかったよ」
肩越しにクリーオウに手を振って、オーフェンはサルアと連れ立ってその場を離れる。
彼女一人にしておくと、後でできあがる料理が心配だが、仕事も何やら重要なことらしいのであきらめるしかない。
それに昔よりは、破壊力のある料理を作る頻度は減っている。
経験のない人間からすると、なぜあんなにも落差が激しいのかと疑問に思うらしいのだが。
その様子を思い出し、彼は小さく苦笑した。
「おい。何ださっきの新婚ごっこは」
「……はあ?」
彼女にはもう聞こえない距離を歩いたころ、サルアは疲れ果てたような声でうめいた。
「しかも料理だと。お前さん、仮にも魔王って呼ばれてんだぞ?他の奴らにこんなことが知れたら指揮が下がるじゃねーか」
「なんてゆーか」
まさか本気で言ってるわけではないだろう――が、オーフェンはあえて彼の考えていることの説明を試みた。
「食事は大切だろ。冷えた干し肉ばっかりじゃどうしても栄養が偏るし、生きた気分になれないんだよ。だからこうして時間のあるときくらいはまともな食事が恋しくなる」
「だからって作る手伝いまですんのか。ったく、相変わらずあの嬢ちゃんには本当に甘々だな、お前さんは」
「……普通だろ?」
「それでわかった。時々ふらっと姿消すなとは思ってたんだが、あの嬢ちゃんとこに行ってたんだな」
「………………」
たしかにクリーオウの顔を見に行く時はあるが、自分としては順当な見回りのついでだった。
だからこそ彼の偏見のようにさぼっていると認識されるのは、はなはだ心外である。
仕事とさぼりの境界を、はっきりとこの死の教師に説明してやらねばならない。
とは思ったものの、皮肉っぽい笑いを浮かべているサルアは、こちらの話を聞く気などさらさらなさそうだった。






(2008.11.19)
リクエストもの。お題は、「2人の再会後、やっぱりクリーオウにめっぽう弱いオーフェンさん」
超楽しくって一瞬でした。
平和がいちばんだ。
素敵なリクエストありがとうございました!
楽しんでいただけると嬉しいです(^^)

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