ある晴れた休日の午後、オーフェンとラッツベインとラッツベインの妹は、三人でアルバムをながめていた。 クリーオウは出かけていて、帰ってくるのは夕方の予定である。 自分と妹で暇だ暇だと騒いでいたら、オーフェンがアルバムを持ってきてくれたのだった。 彼女たちは両親に思っていた以上に愛されていたのか、写真の数が多い。 父は撮った日のことを細かく覚えているようで、いろいろと説明をしてくれた。 一枚一枚の説明の中で、必ず母の話題が出てくる点が気になるが、それも思い出なのだろう。 ここ最近のものからラッツベインが生まれた時まで、時間も様々だった。 「父さんと母さんの若いころの写真はないの?」 家族写真をすべて見終えた後に、さらなる欲求がわいてくる。 ラッツベインが訊くと、オーフェンは困ったように笑った。 「うーん、小さい時の写真はそれぞれ実家にあるからな。二人のってのはあんまりない」 「それでもいいから。見たい見たい。ねー」 「ねー」 姉妹で声を合わせて父にねだる。 するとオーフェンは少しだけなと言って、アルバムを探しに部屋を出ていった。 二人でわくわくして待っていると、ほどなくして父が一冊だけアルバムを持ってくる。 「これだけしかないの?」 自分たちのアルバムは一人につき三冊ずつくらいあった。 母を愛する父にしては、意外なほど少ない。 「いや、母さんのだけならもっとあるけど、あれは俺の秘蔵……何でもない。二人で写ってんのはこの一冊だけだ。二人だとどうしても他人に撮ってもらうしかないからな」 「……そうなんだ」 行きつく答えは同じだったので、ラッツベインは冷めた相づちを打つ。 その間にも、妹が早速アルバムのページをめくっていた。 「ああ、これはまだ母さんが二十歳になる前のだな」 「二人とも若いね」 母の姿は自分たちの生まれたころの写真――というか今でもあまり大差はなかったが、それでも初々しさがある。 「かわいいだろ?」 「あ、ええ……はい」 嬉しそうに自慢してくるオーフェンに、ラッツベインはたじろいだ。 父の言う通りなのだが、あまりに直接すぎて返答に困る。 アルバムを見る彼の眼は、恋人を見るようだった。 娘のアルバムをながめていた時と、やはり態度も異なっている。 どうでもよかったが。 父の説明を聞きながら順番にながめていくと、最後のページにはさむようにして封筒が入れてあった。 明らかに異質な存在で、普通の写真の倍以上の大きさがある。 一目で他のスナップ写真とは違うことがわかった。 「これなあに?」 勝手に見てもいいのか判断に迷い、ラッツベインはオーフェンに聞いてみる。 すると父はものすごく満足げににやにやとした。 「結婚式のだ。結婚式っつってもあれだけど。母さんすんげー美人でかわいいぞ」 「へ、へぇー……」 本当にその通りなのだろうが、どうしても素直に同意することができない。 父が黙っていてくれれば、ラッツベインも思う存分クリーオウを賛辞できるのだが。 彼女は引きつった笑みを浮かべながら、ていねいに封筒から写真を取り出した。 「うわあ……」 「わあ……」 二人の娘から意味のない感嘆の声が漏れる。 それは真っ白なドレスを着たクリーオウだけが写っているものだったが、父の言う通り本当に美しかった。 母はかわいらしい顔をしているが、その写真のクリーオウはとにかく形容しがたいほどに綺麗である。 化粧が違うのか何なのかわからないけれど、その姿は息を呑むほどだった。 「お姫様だ……」 妹が、夢を見ているような声で呟く。 お姫様だと間違えるのも無理はないが、ラッツベインは首をかしげすぐに訂正した。 「お姫様じゃないよ。お嫁さんだよ」 「ううん、お姫様……」 「ああ、そうだな」 「え、肯定するの!?」 ラッツベインは驚くが、二人はうっとりと写真をながめていて聞き入れる様子がない。 服装で、物語に出てくるお姫様だと妹が勘違いしてしまうのも分かるが、ラッツベインは花嫁と混同してしまうほど幼くはなかった。 あえて違いを諭すほどでもないので放っておくが。 オーフェンに関しては何も言わなかった。 もう手遅れなのだから。 「これ、お母さん……?」 まだ夢見心地の妹が、ほわほわした口調でオーフェンに尋ねる。 同じくうっとりとした父が、妹の勘違いを放置したまま嬉しそうにうなずいた。 「ああ、そうだ」 「じゃあ王子様はお父さん?」 「お父さんはべつに王子ってわけじゃないけど、このお姫様が結婚した相手だな」 「へぇ……」 きらきらとした瞳で妹が父の方を見る。 それからいつもの自慢話が始ったためラッツベインは聞き流したが、妹はお伽話でも聞くかのように夢中になっていた。 遊園地にあるメリーゴーランドに乗れる人は、小さな子供だけだとラッツベインは思っていた。 年齢制限があるわけではないが、彼女はもう無理だという気がしている。 それは単なる思い込みだけで、本当は他人の目が気になるだけだということも、実は自覚していた。 ましてやそれが、家族で一緒に乗るなんて、恥ずかしいにもほどがある。 家族全員にお願いされてしぶしぶラッツベインも参加したが、想像以上に楽しめてしまった。 かすかな後ろめたさを感じながら、彼女がぴょんと乗り物から降りる。 ふと隣を見ると、妹がまだ偽物の馬から降りず、うっとりと後方を見つめていた。 「?」 疑問に思い、ラッツベインが彼女の視線を追う。 そこには楽しそうにはしゃいでる恋人同士のような両親の姿があった。 先に降りたオーフェンが、すかさずクリーオウの馬へ近付き、当り前のように手を差し伸べている。 父の手を借りた母は、体を支えられながらふわりと着地した。 そしていつものおうに嬉しそうに笑みを交わし合う。 「いいなあ……」 「いいかなあ?」 幸せそうに呟く妹に、ラッツベインは疑問をつい投げかけた。 馬から降りた彼女が、両親の方を見ながらラッツベインに並んでくる。 「うん。幸せそうだし、素敵」 「幸せそうだけどさ」 父はエスコートも巧く、母と一緒にいれば絵になることを否めない。 けれど毎日毎日飽きもせずいちゃつく彼らを見ると、どこかよそでやってくれとげんなりとしてしまう。 目のやり場に困るのだ。 (そういえば) 妹がまだ三、四歳のころ、クリーオウのドレス姿の写真を見て『お姫様』と呼んだことをラッツベインは思い出した。 それ以来、彼女は憧れのように両親のことを話している。 (そこで刷り込まれちゃったとか?) ラッツベインと妹は、似ているところが多いが、両親のことについては意見が異なる場合がままあった。 どこかと具体的にいえば、彼らの仲の良さについての感想なのだが。 ラッツベインも妹のように感じられるようになれば、もっと楽になれるだろうか。 しかしもうすべてが遅かった。 (2008.10.25) 姪が「プロポーズ大作戦」最終回のウェディングドレスを着た長澤ちゃんを見て「お姫様が泣いてる」って言ったのに超萌えました。 その発想がスバラスィ。満点だ! そして「あなたが大切だから」の妹が両親萌えしているところを見て、私の中の妹像が一部固まってしまった。 両親萌えかよ、妹!? 憧れるのはいいけど、私みたいになっちゃだめだからね! |
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