□ 傷跡 □


彼女が目を覚ますと、いちばんはじめに認識するのはたいていがオーフェンだった。
彼がこちらを向いているか、背中を向けているか、それはその日によって違う。
寝返りを打つのはクリーオウも同じことなので、彼が先か部屋の壁が先か、これも日によって異なる。
今日は前者だった。
そしてオーフェンはこちらを向いている。
ひとつ違ったのは、すでに彼が目を覚ましているということだった。
「おはよう」
すでに眠気はないような口調で、オーフェンが言ってくる。
彼女はその言葉を頭の中で繰り返し反芻させ、十数秒後にやっと同じことが返せた。
「おはよう」
まだ眠気の残っている目を手でこする。
その様子さえ嬉しそうに見ているオーフェンに、彼女は眉をひそめた。
「……いつから見てたの?」
「そうだな、三十分くらい前から」
じっと見ていないで起こせばいいのに、とクリーオウが胸中でののしる。
オーフェンがことさらのんびりしているのは、今日が休日だからだろう。
ともかく、目が覚めたからには起きなくてはいけない。
クリーオウは胸元をシーツで押さえながら、上半身を起こした。
寝間着は昨夜のうちにすべて取り払われている。
どこへ行ってしまったか検討のつかないそれらを探すのは、起きて真っ先にする仕事だった。
彼女と、そして彼の分を見つけ、着るなりたたむなりする。
ただ今回に限っては、自分の分だけで良いだろう。
探し物はすぐに見つかった。
クリーオウの着ている色の布が――上だか下だかは知らないが――ベッドのすぐわきの床に落ちている。
下着も必要だったが、とりあえず体を隠すことができればそれでいい。
拾い上げようと、クリーオウは彼に背中を向けるような形でベッドから足を下ろした。
そうすると背中が丸見えになってしまうが、この際いたしかたない。
唐突に彼が呆然とした声を出したのはそのときだった。
「それ……」
「?」
「これ……どうした?」
いつの間に近づいてきたのか、オーフェンの指が裸の彼女の背中に触れる。
そんなことは日常茶飯事だったが、触れられた位置にクリーオウは肌を粟立たせた。
彼が触れたのは、心臓のちょうど裏側。
長く忘れていた記憶が、一瞬にしてよみがえる。
全身が凍りついたように体温が下がったが、クリーオウは弱く首を振ってゆっくりと息を吐いた。
「クリーオウ」
オーフェンにもそこが急所だと分かっているのだろう。
それも深く突けば、どんな優れた医療や魔術であろうと治療は不可能の、即死が約束されている場所だ。
彼女の名前を呼ぶ声には極度の緊張が含まれていた。
そして彼が今どんな表情をしているか、それもだいたい想像できる。
恐怖は鮮明に思い出してしまったが、しょせんそれだけのことだ。
もう危険な状況に身を置いてはいない。
クリーオウは彼に背を向けたまま、なるだけ平坦になるような口調を心がけた。
「あいつにやられたのよ、昔ね」
「あいつ……?」
「分かってるでしょ?あいつよ」
背後でオーフェンが押し黙る。
指はもう離れていたので、クリーオウはシーツで胸を隠したまま寝間着――幸運なことに上着だった――を拾った。
「目立ってる?」
過去の出来事よりも、現在はそちらの方が気にかかる。
ついでに、その傷のせいで下着を付けるたびに痛い思いをしたのを思い出す。
傷が治ってそういう支障もなくなったが、当時は痛みやら心配やらでとにかく憂鬱だった。
「いや……小さなものだし、ほとんど見えない……」
「そう、良かった」
ほっと胸を撫で下ろす。
実際オーフェンも今日の今日まで気づかなかったようだし、大丈夫なのだろう。
安堵の息をもらして、裏返った寝間着を元に戻す。
「……あ」
服に片方の腕を通したとき、傷のある場所を柔らかいものが触れる。
唇だと理解したときには、彼の腕がクリーオウの腰に絡みついていた。
先ほど同様、クリーオウの背中が粟立つ。
しかしそれは恐怖ではなく、淡い快感を伴っていた。
今度は体温が上昇する。
「オーフェン……」
名前を呼んだが、それに答える声はなかった。






(2008.10.21)
コルゴンとの接触シーンまで読んで……傷!
残ってるか残ってないか微妙なとこでしょうが、深いし。
寝ようとしても寝付けずに、耐えられずに浮かびました。
あれ、でもコルゴン魔術で治してくれるかな?と今日気づいた。
それが分かるのは今日の更新なんですよね。

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