□ いが栗モンブラン □


食欲の秋というが、それは誰にでもあるのだろうか。
その時の気分次第ではないかと、クリーオウは時々思う。
例え秋でも、食欲よりも楽しいことがあればそちらに意識が偏るだろうし、秋の間中ずっと食欲がわくわけでもない。
同じようなことを色々考えてから、彼女は何事も気分によるものだと結論付けた。
つまるところ、今は秋であるが、クリーオウには食欲の秋という言葉は当てはまらないのだ。
オーフェンはいつでも食欲があるので、現在は別段旺盛というわけではないと思う。
そうすると身近な人間の該当者はあいつだけかと、クリーオウは家の敷地に入ってきた人物を見やった。
成長して、もう女の子には見えなくなってしまったマジク。
彼は狩猟に行って来た帰りのように、何かがつまった袋を提げて満面の笑みを浮かべてやってきた。
突然の訪問だが、彼はいつも好きなときに来て好きなときに出て行くので、通常のことだと受け止めている。
そして好き勝手に出入りしているので、気づいていても出迎えたりはしなかった。
料理の本のページを繰りながら、待つともなしに待つ。
「オーフェンさーん、クリーオウー」
数秒後、マジクは玄関を開け、自分達に来訪を告げる。
すでに家族同然なので、呼び鈴は押さない。
どれもいつものことなのだが、まさか気づいていなかったのか、オーフェンはびくりと肩をすくめた。
いたずらを隠す子供のように、彼女の肩を抱いていた腕をあわてて外す。
(突き放さなくたっていいじゃない……)
顔をしかめるが、オーフェンは玄関に視線を向けたままクリーオウを見ない。
それだけでは飽き足らず、彼はそそくさと向かいのソファに席を移動した。
(仲良くしてるのを見られるのが恥ずかしいのかしら)
自分達が結婚しているのはマジクも知っている――というか知った上で遊びに来ているし、他人に見られて困るようなことはしていない。
だからオーフェンの行動は意味不明だったが、彼女は何も言わずにいた。
「こんにちは」
オーフェンがソファに座りなおして落ち着きを取り戻した後、マジクが気軽に部屋に入ってくる。
「どうしたのよ、その荷物?」
あいさつもそこそこに、クリーオウはマジクの手に注目する。
遠くからでは分からなかったが、白い袋にでこぼことしたものがたくさん詰まっていた。
「これ、近所を歩いてたらもらったんだ。たくさん採ってきたから良かったらどうぞってさ」
彼はそう言って袋をクリーオウに渡してくる。
おすそわけしてもらったものを、さらにわけてくれるらしい。
興味深々に袋の中をのぞきこむと、まだとげのついた栗がいくつも入っていた。
「いが栗……?」
「そう」
マジクはうなずきながら、オーフェンとクリーオウを見比べる。
どこに座ろうかと考えていたのか、結局マジクは彼女の隣に腰かけた。
食べ物のことならクリーオウだと思ったのかもしれない。
マジクが彼女の隣に座った瞬間、オーフェンのまゆがぴくりと動いたのを彼女ははっきりと見た。
「今が食べごろらしいよ。なんだったらぼくが何か作ろうか」
「うーん」
料理することが億劫なのではないが、いが栗のままでもらっても手間がかかって正直めんどうである。
「なんでこのまんま持ってくるのよ?」
いたずらも兼ねて、マジクに栗を投げつけようと袋に手を突っ込む。
と――
「いった……!」
そっと触ったつもりだったが、手加減が足りなかったのか棘が指に突き刺さった。
あわてて手を引っ込めながら、自分でも間抜けなことをしたと落ち込む。
指を見ると、少しだけ血が出ていた。
「大丈夫?」
そんなに心配もしてなさそうな顔で、マジクがこちらの顔をのぞきこんでくる。
「大丈夫よ」
苦い思いで彼の顔を見返しながら、クリーオウがうめく。
ため息は、前の方から聞こえてきた。
「見せてみろ」
めんどくさそうに、オーフェンは立ち上がって彼女の手を取る。
血が出ている指を見て、彼はまゆをひそめた。
もう一度嘆息し、彼の口元に指が引き寄せられ――半分ほどの距離でぴたりと静止する。
オーフェンは一瞬固まった後わざとらしく咳払いなどしつつ、引き寄せた彼女の手にもう片方の手をかざした。
「我は癒す斜陽の傷痕」
呟いた瞬間、流した血だけを残して小さな傷がふさがる。
もともと大した傷ではなかったが、痛みもきれいに消え去った。
「クリーオウには甘いんだから」
先ほどのことに気づいたのかそうでないのか、マジクは不機嫌そうに呟く。
「うるせえよ。それで、これで何作るんだ?」
照れているのか、オーフェンは彼女の手を離して強引に話を変える。
彼の憮然とした横顔を見ながら、クリーオウはくすりと笑った。
そんな彼女を、オーフェンは不機嫌ににらみつけてくる。
別に恐くも何ともなかったので、クリーオウは微笑んだままちょうど読んでいた料理の本に目線を下げた。
「ここに栗料理の特集があるけど、何食べたいの?」
巻頭に載っていた栗の料理のページを開く。
そばに立っているオーフェンと隣のマジクが、頭を寄せるように、それぞれ本をのぞきこんだ。
「……モンブランいいな」
「モンブランってケーキですよね?」
「おう」
「上手に作れるかしら」
レシピは簡単そうに作り方を書いてあるが、作ったことがないのであまり自信がない。
するとオーフェンは腰に手を当てて、自信有り気に宣言した。
「大丈夫だ。そーゆー時のお前の料理はうまい」
「どーゆー意味よ!?」
オーフェンに低くうなってから、理解者を得ようと隣のマジクを見る。
しかし彼はクリーオウと目を合わす前に、すでにあらぬ方を見ていた。
「マジク!?」
「あ、ちょっとぼくトイレ」
いきなりそんなことを言い、そそくさと席を立つ。
逃げるようにマジクはさっさと部屋の外へ消えた。
「もう!」
マジクは昔から都合が悪くなるとよくどこかへ行く癖があった。
それを思い出してクリーオウが腹を立てていると、オーフェンが彼女の手を取った。
「手、大丈夫だったか?」
「手?」
唐突に聞かれ、何のことだかわからずに首を傾ける。
オーフェンは先ほどとは打って変わって、少し心配そうな表情だった。
一拍置いて、とげで指を刺したことを思い出す。
痛みも引いていたので、すっかり忘れていた。
「オーフェンてさ」
「ん?」
「……いいの。なんでもないわ」
「ふーん?」
何か言いたい様な気もするが、上手い言葉が思いつかない。
マジクが外しているからか、うなずいてからもオーフェンはまだ彼女の指に触れていた。






(2008.10.11)
なんか好きだな、これ。
秋なので。

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