□ ふだんはアレだけど □


「バカですね」
「バカだね」
誰が?とも何が?とも聞かない。
声を出した人間の目線をぼんやり辿っていけば、その先に人が何人いようと特定できる。
それほど、その人物の行動は際立っておかしかった。
「やっぱり師匠もそう思いますか?」
同意を得られたのが嬉しかったのか、テーブルに向かい合って同じように頬杖を付いていたラッツベインが顔を輝かせる。
年齢は――少なくとも十歳よりも若いことはない。
というのも、彼女の妹がこの間十歳の誕生日を迎えたからだ。
黒髪黒目の、悲しいかなつい先ほど『バカ』と表現された魔術士の娘である。
他人が父親をバカ呼ばわりしたというのに、彼女はまったく気分を害す様子はなかった。
それは彼女自身も、反論の余地がないことをわかっているからだろう。
師匠と呼ばれ、マジクはもう一度『バカ』に視線をやって苦笑した。
「そりゃあ、ね」
肯定しながらも、ここは父親の名誉のために庇ってやったほうがいいかと考える。
マジクが好き勝手に吹き込んで、今後この家族に支障がないとは言い切れない。
無駄な努力とは知りつつも、一応予防はしておく。
「でもあれ、本当に好きなんだよ」
「知ってますけどぉ」
今度もまた、誰を?とも何を?とも聞かない。
それでも視線を『バカ』の隣にやれば、自然と回答を得られる。
『バカ』のすぐそばで、金髪の娘が黒い毛玉と戯れている。
『バカ』はそれを見て、幸せをすべて掴んだかのような顔をしていた。
「バカはバカだと思います」
口を尖らせながら、やや拗ねる。
マジクは、どうして彼女がこんな風なのか知っていた。
ラッツベインは父親が見つめる先、つまり母親のことを父親の数倍は慕っている。
それなのにいつも父親が母親を独占しているので、寂しい気分になるのだ。
ラッツベインが父親をけなすのは、半分以上がやきもちだとマジクは思っていた。
「バカなんだけどさ、オーフェンさんはクリーオウのためならきっと何でもしちゃうよ?」
「知ってます。この間なんかも、母さんが夜ケーキ作ってて、玉子が足りないって騒いでたんですよ。そしたらお店も閉まってる時間なのに、どこからか持って来ちゃって」
「あ、うん。小さいのならそんなのだろうけど、もっとさ。なんてゆーかな、他の人では絶対できそうにないことでもしちゃうと思うよ」
「世界征服とかですか?まぁ、奴ならできそうな気もしますけど」
確かに、できそうな気がする。
けれどオーフェンは、そこまで大それた事になると、実力はあっても必要なことしか実行しない。
(クリーオウも世界征服してとは言わないだろうしね)
胸中で独りごちる。
「ちょっと違うかな。クリーオウの笑顔を守るためなら、世界を敵にまわす覚悟があると思うよ。そのくらい好きっていうか」
「そんなの、母さんを奪おうとするなら父さんにとっては全員が敵ですよ」
「それもあるけど、まだ違うよ」
「たとえば?」
理解できないというように、ラッツベインはまゆをひそめる。
どんな例がいいだろうと、彼女の両親に目を向ける。
「たとえば王都か、この街の人たちがレキを奪おうとしたら、当然クリーオウは抵抗するじゃない?」
「そうですね」
「そしたらオーフェンさんは全力で阻もうとするよ、きっと。それが世界に必要なことだったとしてもね」
「うーん……」
納得していないのではないだろう。
ただ、府に落ちないという表情でうなる。
「じゃあ、そうだね。クリーオウがいなくなったらオーフェンさん悲しむと思うよ」
「そりゃ、泣くんじゃないですか?普通に」
馬鹿にしたように鼻で笑って、彼女は半眼になる。
こういう表情は父親にそっくりだと、マジクは密かにうなずいた。
「いや、声もかけられないくらいになると思うな。本当にいなくなったりしたら」
「はあ……」
やはりまだ良くわからないという顔をする。
しかし分かってしまったらそれは不幸なことなので、分からなくていいのだろう。
やはり、この家族には笑顔が似合う。






(2008.10.11)
やっぱ他人に言わせようとすると失敗しますね。
まぁオーフェンはクリーオウが大好き+マジク週間なので、この程度でしょう。
追記 マジク視点のときに書いた作品です。

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