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それを関係者に告げられたとき、オーフェンは確かに絶望した。 たかがそんなことで『絶望』という言葉を使うなどおこがましい。 気軽に使っていいことではないと、彼は重々承知していた。 それでも絶望に近い気持ちを味わっていると、絶対に言い切ることができる。 どうにか逃れたいと思うが、何度考えてみても避けることは無理だと認めることに繋がってしまった。 □ おうち帰りたい □ 「俺、来週いっぱい、仕事で家を空けなくちゃならない」 家に帰った瞬間は、クリーオウの笑顔に出会えたのが嬉しくて、言えなかった。 夕食の間はクリーオウの話に夢中になって、言えなかった。 食後、いつもの流れでゆっくりしようかとなったとき、クリーオウをひざに抱いてから、ようやく言うことができた。 声のトーンは明らかに低かっただろう。 今も、彼女の柔らかい金髪に顔をうずめていることで、なんとか悲しみが中和できている。 本当は言いたくなかった。 言ってしまえば現実だと認めざるを得なくて、だからといって言わなければ出張が無くなるということでもない。 黙っていればなかったことになるのであれば、例え脅迫されても言わないだろう。 沈黙していると、彼女はオーフェンの手を確かめるように握ってきた。 「……来週?」 「……ああ」 「来週はずっと?」 「……そう」 「一回くらい家に帰ってくることもないの?」 「……俺もそうしたくても、距離がありすぎて無理だ。……悪い」 断腸の思いで、そう答える。 どうにかなる距離であれば、睡眠時間を削ってでもオーフェンは帰ってきたかった。 考えるまでもない。 けれど無理だと言いつつも、心の中では嫌だいやだと繰り返す。 しょうがないことだとわかっていても、不平は募るばかりだった。 クリーオウはどう思っているのだろうか。 ここ最近は自分でも異常に感じるほどべたべたしているので、離れるのは良い機会だと羽を伸ばそうとするかもしれない。 オーフェンもそう考えた方がいいのだろうが、あいにくと自分にはその答えの持ち合わせがなかった。 ため息を吐きたくなる。 彼女の返答――というより反応を待つ。 クリーオウは握る手を少しだけ強め、ちらりと顔を向け、すぐに戻した。 「そんなの嫌」 明らかにすねている。 そのクリーオウの言葉に、彼は不覚にも泣きそうになった。 泣くわけではないが、そのくらい感動する。 こんな些細なやり取りで自分達の感情がすれ違っていないと確かめることができた。 彼女も寂しいと思っているのなら、そんな残酷な予定など粉々に壊してしまいたい。 「行きたくねえな」 「でも、行かなきゃいけないんでしょ?」 「お前が心配でたまらん」 ひざの上にいるクリーオウを、後からぎゅっと抱きしめる。 応えるように、彼女はオーフェンに寄りかかってきた。 家を離れてから、どのくらいの時間が経っただろうか。 それなりに時間は経っていると思うが、いかんせん仕事に集中できなくて困る。 常に頭の片隅にはクリーオウのことが浮かんでおり、彼女のことが気になってどうしようもなかった。 無意識でいらいらしていたり、少しのことでも癇に障る。 気をつけてはいるが、客観的に見ても自分をコントロールできていなかった。 初対面の人間は、オーフェンに決して良い印象を持っていないだろう。 色々と好き勝手にうわさしているに違いない。 だが、それでさえどうでもいい。 オーフェンは手にしていたよくわからない用紙の束を、無関心に放り投げた。 「早く帰りたいぞ、俺は」 力を込めて呟く。 帰りの船の上で、彼は船の進むスピードの遅さにこれ以上ないほど苛立っていた。 船の一番先端を陣取り、陸が見えてくるのを今か今かと待つ。 目的地の到着時刻はわかっているが、予定の時刻までのんびりと遊覧などできるわけがない。 オーフェンの苛立ちは、すでに頂点に達していた。 例え子どもが彼のいる場所を狙っていても、ひとにらみで追い返す。 その度に子どもの泣き声やら保護者の非難が聞こえてきたが、オーフェンの知ったことではなかった。 クリーオウと話したいことがたくさんある。 話しの内容があるのではなく、くだらない話だろうが同じ話だろうがかまわないので、彼女と会話をしたかった。 そしてクリーオウが隣にいるのなら、この退屈な船旅でさえもまた体験しても良いとさえ思う。 とにかくオーフェンは、自分の自由にできる時間の船の先端で過ごしていた。 だからなおさら、水平線に陸地が見えた喜びはものすごかった。 あと少しで彼女と会えると思うと、身震いするほど嬉しい。 だが一向に陸に近づかない船にはやはり不満が募る。 (いっそ飛んでくか?) あまりの焦燥にその案も出たが、彼はぎりぎりの理性で却下した。 陸に着く前に体力が尽きれば、それこそ問題だ。 彼女に会えないまま終わりという未練の残る死に方は絶対に嫌である。 一分があまりにも長い。 いらいらはすでになくなり、今度は悲しみの限界が来ていた。 彼女に会いたくて会いたくて、泣きそうである。 (助けてくれ、クリーオウ) 心の中で叫ぶ。 もうすぐ会えるという事実だけが、涙をこらえる唯一の支えだった。 やっと船が陸に近づき、長い旅の終わりが見えてくる。 人々が船を下りる準備を始めようかというころ、オーフェンはすでに万端に支度を整えていた。 一秒でも早くクリーオウに会いたいのだ。 のろのろと他人の後ろで船を下りる順番を待つつもりはない。 彼があまりにも殺気立っていたからか、近くに人は寄ってこなかった。 その現状に満足して、陸と船がつながるのを待つ。 到着すると、オーフェンは全力でタラップを駆け下りた。 これでもうただ待つ時間は終わった。 あとは力の限り走るだけだ。 そうすれば愛しい愛しい彼女に、がんばった分だけ早く会えるだろう。 迎えに来ている人々を横目に見ながら、オーフェンはひたすら出口を目指す。 だがその時、どうしても素通りできない影が彼の瞳に映った。 何を間違えようと、彼女を違えるはずがない。 毎晩夢に見たクリーオウが、オーフェンを待ていてくれたのだ。 彼女もすぐにこちらを見つけると、嬉しそうにかけてきた。 「………………」 こんな再会は予想していない。 オーフェンの頭の中ではいつでも、自分の家でクリーオウが待っていてくれた。 家に帰るとき、彼女は何をしているのだろうか。 オーフェンのために料理を作っているだろうか。 オーフェンのために部屋を綺麗に整えているだろうか。 それとも疲れて昼寝でもしている? 何十通りも考えていたが、そのいずれにも当てはまらない。 しかしこれ以上に素晴らしいことがあるだろうか。 オーフェンは感極まって、クリーオウにしがみついた。 彼女の感触は、想像していたよりもはるかに心地良い。 「お帰りなさい、オーフェン」 「……ただいま」 オーフェンが家に帰りたかったのは、クリーオウに会いたかったから。 (2008.9.22) 私が書きたかったのは、クリーオウのいない乾いた生活はもういやだ。 もうあの日々には戻りたくない。 というのだったんだけど・・・あれ。 |
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